名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)172号 判決
二、原判示(二)の中条賢治に対する強盗傷人罪に関する各弁護人の論旨について。
公訴事実(二)は被告人は右安念忠夫との間に同日午前二時三十分頃高岡市白銀町の地鉄バス停留場附近の道路においてこれから立野の遊廓に行つて遊興しようと相談をし両名合意の上高岡市大工町の公衆電話により高岡地方交通株式会社に電話を掛けて乗用車一台を同所に呼んだのであるが間もなく同会社より高岡市源平町六十八番地自動車運転者中条賢治の運転する富第六〇七号小型乗用自動車を同所に差し廻して来たので行先を立野までと指定して両名は之れに乗車し同市白銀町から大工町を廻り北陸本線の鉄道線路に沿うて右折し南町、幸町を経て木津で左折し横田を経て和田に差し掛つた際右両名は何れも所持金がなかつたところから右自動車運転者に暴行を加えその抵抗を不能ならしめて自動車賃の支払を免ることを密談謀議し以て共謀の上自動車が高岡市和田、福田を過ぎて祖父川の架橋俗称三枚橋を渡つたところで、右安念は右謀議を決行せんことを決意し被告人松田に対しその大腿の辺りを叩いて合図をしたところ松田が頷いて合図をしたので安念は自動車運転者の中条に対し「小便をしたいから」と云つて停車を命じ中条が自動車を停めて右側の扉を開けエンジンを止めライトを消して待つていると中条の身体に寄りつき「俺の顔を知つているか」と聞き中条が「知らぬ」と答えると更に「お前は幾つだ」と訊し「まだ二十歳だ」と答えると安念はいきなり「生意気だ」と云つて握り拳で中条の右眼から鼻梁にかけて殴り付け中条が「勘忍してくれ」と謝つているのを聞き入れずその咽喉部を押えて締めつけ更に頭の毛を掴んで中条を自動車の外に引き摺り出し之を道路上に押えつけその後頭部を更に数回握り拳で殴りつけた上「松、松」と云つて被告人松田を呼んだところ松田はその時自動車を降りて地上に座つていた中条の両肩に手を掛けて之を突き倒し地上に横這いになつた中条の背部等を下駄穿きのまゝ数回蹶放したのであるが安念は更にその附近の道路に立てゝあつた道路標識の角柱を引き拔いて来て之を以て中条の頭部を数回殴打し右中条に対し全治二週間を要する頭部割創、顔面打撲傷、両側前擦過打撲傷並に治療一ケ月を要する両眼瞼皮下出血、右眼球結膜下出血等の傷害を与え以て完全に同人の抵抗を抑圧して同運転手をして自動車賃の請求を為すこと能わざる状態に陥れ以てその間の自動車賃約三百五十円の支払を免れ財産上不法の利益を得たというのであり原判決はその判示(二)として右事実を右用語そのまゝに認定判示した上刑法第二百三十六条第二項第二百四十条第六十条を適用し被告人に強盗傷人既遂罪の共同正犯の責任を科したものである。
(中略)
もつとも安念は右の如く負傷せしめた中条運転手を被告人と並ぶ客席に乗車させ自ら自働車を運転して立野町を越え遠く石川、富山県境天田峠まで走つて漸く運転を抛棄した機会を窺い中条運転手は重傷の身を冐し安念と運転を更迭して自動車を引返し、帰路再び前記立野町を過ぎる頃両名は客席に昏睡中であり、これを呼び起したところ「もう睡いから立野へ行かぬ」と云うのでそのまま立野を過ぎ高岡市内に帰来し当初乗車せしめた出発点に到着して両名を下車させた事実並に同下車の際両名は中条運転手に陳謝の辞を述べ自動車賃の金額を尋ね後日賃金を持参する旨言い残して立ち去つた事実も亦同時に本件証拠によつて明白であつて、右事実によれば被告人らは中条運転手に対し判示暴行を加えた後判示傷害に打ちのめされた同運転手を眼にして忽ち悔悟し立野行を抛棄して一旦逃走を計つた後再びこれを断念し運転手の導くままに帰路に復すると共に後日自動車賃を持参して謝罪する意思を抱き且つこれを運転手に表示したものと認めるに吝かではないが既に認定の如く右運転手に対する自動車賃金の即時現金支払の義務を有する両名が同義務を免れる目的で同運転手に判示暴行を加えて判示傷害を負わしめた以上ここに強盗傷人の既遂罪は直ちに成立し其の後犯人の心理並に行動に起つた前記諸般の変化は右犯罪の成否に何ら影響を及ぼすものでないと云わなければならない。そこで原判決には所論のような事実誤認法律適用の誤りなどはない。弁護人らの諸論旨はいづれも採用することが出来ない。
(註 本件は事実誤認、擬律の錯誤により破棄自判)